もしあなたの周囲で、連続幼女殺人犯が徘徊していたら・・・?未解決事件の「北関東連続幼女誘拐殺人事件」「足利事件」が恐ろしい。

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衝撃の一冊です、思わず購入しました。。。

ジャーナリズムの神髄を描くノンフィクション作品。

 

 

未解決状態の「足利事件」

 

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無罪判決直後の菅家さん

(引用:http://urano.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-76bb.html)

 

(略)五〇センチほど開かれたワゴン車の窓から、報道陣の絶叫や連写するカメラのシャッター音、激しく明滅するフラッシュが、怒涛のごとく雪崩れ込んできた。二〇〇九年六月四日、千葉刑務所から滑り出した車の窓から菅家利和さん(62)は身を乗り出し、車の周囲で揉み合う取材陣に手を振っていた。前代未聞のDNA再鑑定により、冤罪が確定的となった菅家さんは、十七年に及ぶ刑務所生活から釈放された。

 

「足利事件」と聞いて、知らない人はあんまりいなんじゃないでしょうか。

 

ちょうど、自分が中学生ぐらいの時だったかな。

かつて幼女を誘拐・乱暴、そして殺人したとして死刑判決までされていた、

菅家 利和(すがや としかず)さんが逆転無罪を勝ち取って、釈放された事件。

 

足利事件とは?

1990年5月12日、日本、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された。容疑者として菅家 利和(すがや としかず)が逮捕、起訴され、実刑が確定して服役していたが、遺留物のDNA型が彼のものと一致しないことが2009年5月の再鑑定により判明し、彼が無実だったことが明らかとなった。服役中だった菅家はただちに釈放され、その後の再審で無罪が確定した。
(wikiより)

 

当時、事件の内容を詳細に理解していたわけではありませんでしたが、

マスコミによってかなり大々的に報道されていたので、必然的に目につきました。

覚えていますよ、釈放当時の菅家さんの笑顔・・・。

 

当時、ほとんどのメディアで「菅家は極悪非道だ」と報じられていた。

誰もがそれを信じ、「人間じゃない」とバッシングした。

それが、蓋を開ければ冤罪事件だった。

 

これで、ようやく事件解決・・・と思っていた。

実は、とんでもない爆弾を抱えていた。

国家そのものによる、「殺人の可能性」である。

 

 

未だ未解決状態の「北関東連続幼女誘拐殺人事件」

 

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真犯人?と思われる男の写真

(出展:http://matome.naver.jp/odai/2138795094799184701)

 

五人の少女が姿を消したというのに、この国の司法は無実の男性を一七年半も獄中に投じ、真犯人を野放しにしたのだ。(略)獄中に投じられた菅家さん自身が、被害者家族が、解決を訴えた。何人もの国会議員が問題を糺(ただ)した。国家公安委員長が操作すると言った。総理大臣が指示した。犯人のDNA型は何度でも鑑定すればよい。時効の壁など打ち破れる。そのことはすでに示した。にもかかわらず、事件は闇に消えようとしている。

 

半径10km圏内で起こった、連続少女殺人事件。

 

事件当時、5件もの連続性を疑った人はいなかった。

なぜなら、すでに菅家さんという”でっちあげられた”犯人がいたから。

著者はその真実を暴いた。「この事件には”真犯人”がいる。」

 

北関東連続幼女誘拐殺人事件とは?

1979年以降、4件の女児誘拐殺人事件と関連が疑われる1件の女児連れ去り事件(失踪事件)が栃木県と群馬県の県境、半径20キロ以内で発生しており、これら5事件まとめて「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とされている。また、5つの事件はいずれも現在の群馬県太田市及び栃木県足利市のどちらかで発生しているが、そのうち、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件は「足利連続幼女誘拐殺人事件」ともされている。
(wikiより)

 

必死の著者の追跡により、菅家さんが冤罪であったと証明できた。

当時”絶対視”されていたDNA鑑定をも覆すことができた。

なのに、なぜ警察は動かないのか?検察は素直に謝りを認めないのか?

 

それは、”国家による殺人の可能性”という、

あまりにも大きすぎる爆弾を抱えてしまっているからであった。

だが、最後に真犯人「ルパン」の居場所を突き止める。

 

何度も何度も報じたぞ。ルパンよ、お前に遺族のあの慟哭(どうこく)は届いたか。お前がどこのどいつか、残念だが今はまだ書けない。だが、お前の存在だけはここに書き残しておくからな。いいか、逃げ切れると思うなよ。

 

・・・読みながら、”創作の小説”を読んでいる気分になりました。笑

でも、残念ながらこの話は、ノンフィクション。

 

元々イケダハヤトさんのブログで本書を知ったので、詳しい説明はそちらで。

引用の仕方がうまく、思わずのめりこんでしまったので、本屋で立ち読みしてみました。

で、気付いたら買ってたw 特に印象に残った箇所だけ引用してます。

 

 

真実を伝えるジャーナリズム

 

この本を読んで何より感じたのは、”真実を伝える”ジャーナリズムの神髄。

マスコミ不信だのなんだのと騒がれる今の日本ですが、著者の方がやっていることは、

真実を暴こうとする、ジャーナリズムの精神が溢れているのではないでしょうか。

 

真実を伝えなければ、その真実さえなかったことになってしまう。

 

過去の事件を洗い出し、検証し、当初の事件現場に降り立って当時の被害者の気持ちを思う。

「当時のことは、もう話したくない」という遺族のもとへと歩み寄り、信頼を獲得し、

共に事件解決へ向けて走り出す。

 

当時の事件現場で、何を思っただろう?

どんなことを感じただろう?

いくら本を読んだって、その場に行かなきゃ何もわからない。

 

・・・ただ、すごい、すごいという言葉しか浮かばなかった。

 

 

強烈なコンプレックスを持つ人は豊かだ

 

ふと目を開けると、薄暗いベッドの横に誰かが立っていた。丸顔の、黒い髪の女の子。肌の色が黒くてつぶらで。フローリングの床に、素足のままでだ。私の娘だった。いかないでくれーーー。

(略)私自身、事故で娘を失っている。そのことに対する己への怒りや、悲しみがある。救えなかった命、守れなかった人がいることに。

 

この点に触れられている方は少ないかもしませんが、

著者は過去に娘さんを事故で亡くされたようです。

 

だからこそ、被害者の気持ちに少なからず共感できる部分もあると思うし、

「解決せん」とする原動力につながっていると思う。

他者の痛みが分かる人は、人として豊かだ。

 

暗い過去は暗いまま蓋を閉じられることもあるけど、時にそれが「生きようとする原動力」につながる。

人間臭い。惨め。とても惨めだ。でも、その先に必ず希望がある。

誰しもがコンプレックスを持ってる。それを糧に生きてる。

 

そうやって、泥臭く人間臭く、生きてゆきたい。

 

本のレビューなんかすることないけど、あまりにのめりこんでしまったのと、

この事実は今更ながらも少しでも多くの人に伝えたかったので、記事を作りました。

 

こんな事件、前例とかあるのかな。すごい事件・・・。

もし旅が終わってまだ本を盛ってたら、母親に読んでもらおうと思ってる。

親に読んでほしい・・・って初めて思った、そんな本でした。

 


 

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