お金が無くなっていくにつれ、高まる恐怖の感情。お金を出来るだけ使用しない生活について語ってみる。

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現在、日本一周しながら「どれだけのお金があれば生きられるのか?」を実験しています。

ジリジリお金が無くなっていっているのだけれど、「このまま生活したらどうなるのかな」という好奇心と、「このまま生きていけるのだろうか」という恐怖の感情が入り乱れている。

今一度、「なぜお金が無くなると恐怖を感じるのか?」をじっくり考えてみます。

 

参考記事:人っていくらお金があれば生きられるの?日本一周しながら実験してみた!

 

お金の使い方から”生き方の幅”を拡張する

 

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photo by:401(K) 2013

 

まず、簡単に実験の経緯から説明したい。

 

元々お金とは「交易を円滑に行うため」に作られたものなのに、手段が目的化してお金のために人生の時間を注ぐ人が増えた。

さらに経済システムを利用してあらゆるものを便利にしていった結果、お金がなければ生きることが難しい世の中になった。

お金の起源を見ればよくわかるけれど、現在の貨幣には交換する以外の価値はないに等しい。本来的には信用を取引するものなので、信用さえ構築できれば貨幣は必要ない。

 

自分が実現したいのは、「お金を稼ぐだけでしか生活できない」とされる一般論を打破して”生き方の幅”を拡張すること。

お金はあとで作られたシステムなのだから、必ずしもお金を使用して生活する必要はないはずだ。難しいとは思うけれど。

なんとなく生きるために、なんとなく労働して一生懸命働いて得た資金を垂れ流す。仮に一切の金銭を使用しない・・・ということでなくても、自身が生存するにあたっての最低限度のコストを算出し、忠実に実行すれば相当安い賃金で生きられるはずだ。仮に格安で生きられれば、もしかすると何も考えずに仕事に従事するよりも充実した生活を送られるかもしれない。

 

もし僕たちが生きている間に資本主義体制の社会が崩壊しなければ、生存するためにお金を一生何らかの事物と交換することになる。であれば、お金の使い方に対して一定の考え方を持っておいても損はない。

労働者は時間を切り売りして生活するしかない。時間は二度と戻ってこないもので、時間の使い方一つで180度人生が変化する余地がある貴重なものだ。

だからこそ、もし「働きたくないでござる」という人がいれば、その意見を尊重すべきだと思う。その人がどういう理由で仕事を嫌っているかまでは把握できないけれど、何らか疑問を持っているならそれを押し通すべきだ。1日ゲームをしていたいという人がいていいし、最低限生活できる水準の給料を稼げば暮らせるライフスタイルって本当に面白いと思う。だからこそ、今こうやって実験をしている。

 

 

「お金しかない」という感情

 

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現在の日本で、「健康で」「文化的な」「最低限度の」生活を送るためには、お金が必要という意見が一般的だ。

人が最低限生存できる条件である”衣食住”の全てをお金で得られることを考えると、”お金は全て”だし、”神”といっても過言ではない。お金さえあれば、全てのことを叶えられるのだから。

本来は地球上の資源が全てなのだけれど、やがて「お金がないと生活できない」という幻想を生み出す。

 

貨幣経済は食料等の交易活動の後付けで作られたシステムなので、原理的にはお金を使用しなくとも行きてゆける。社会を維持するにあたって大量の余剰物も発生しているので、それらのおこぼれで食いつなぐことができる。

ただ単純に、”生き方の方向性”を変えればいいだけの話なのだけれど、完全に経済システムに巻き込まれた僕たちは”お金で資源を交易すること”が当たり前となっており、それ以外の生き方を生理的に拒否してしまう。完全な未知のものに対して、恐怖の感情を抱いてしまう。

「貨幣経済は非常に便利なシステムだけど、単純に交易を行って生活することもできるよ」と社会システムを選択できる状態にすれば、”生き方の幅”が生まれる。ただ社会は相互扶助で成り立っているので、一定数の国民に負担を強いらざるを得ない。

 

お金という概念を生み出したことで、生活に多様性が生まれた。かつては生産に時間の大半を費やしていたが、現在は余暇すら楽しむことができる。

と同時に、極端に”労働”に縛られるようになった。生産数を極大化するために分業を図り、結果人によってはやりがいを感じにくい単純な労働が増加した。物が増加した結果、「この道具がなければ生きていけない」という幻想を抱く人が増え、より労働に時間を費やすようになった。自由になるためにシステムを導入したのに、逆にシステムに縛られるようになるという大変皮肉な話だ。

であるならば、生き方の幅を生み出して選択できるようにすべきである。もしお金に対して”汚い”とか”怖い”という感情を抱くならば、それは当初の目的を忘れているからで、いつでも相対化して俯瞰できるようにすればいい。一度離れてみないと、人間というものは目の前の事象を理解できない。

 

 

最低限生存できるシステムの構築

 

もし最低限「これだけあれば生きてゆける」という金銭の額を提示すれば、これまた”生き方の幅”が生まれる。

特に「働きたくないでござる」という層に対しては、有効な逃げ道となるはずだ。無理に定職に就く必要もなければ、働く必要もないかもしれない。

働くことに疑問を覚えるならば、こうやって自身を相対化出来る機会を作ったほうがいい。井の中の蛙は、大海に出てようやく自身の大きさを知ることができる。

 

例え生活水準を国民の一般水準から落としたとしても、とりあえず生きられればそれでいい。就職するために学校に通い、食べるために就職しているのなら、どちらも一緒のことでしょう?

自分がやりたいのはまさにここで、最低限生きられるライフスタイルと額を提示することで、生き方の幅が生まれるのだ。

 

「お金を使わない生活をすると、人に迷惑をかけてしまうのでは?」という疑問を抱く人もいる。

”社会は相互扶助で成り立っている”と上述したけれど、産業化を進めるに当たって大量の余剰物を生み出した。

もしこの”余剰物”を用いて生存を図ることができれば、特定の誰かに迷惑をかけることもないし、むしろ余剰物を減らしたという功績すらつくのではなかろうか。

 

実際、ゴミ漁りをしながら自身の食料を得ているグループも海外に存在する。

「ゴミ漁りをするなんて、頭おかしいんじゃないの!?」という人もいるだろうけど、自分からすれば「これだけ食べられる食料が日々廃棄されているのに、なお何も考えずに時間を浪費して生産活動をする人のほうがよほどおかしい」と思ってしまう。

確かに経済的にはそちらのほうが効率がいいのかもしれない。ただ実際には、目先の経済に惑わされて有限な資源を浪費してしまっている。自分の貴重な時間を使用してまで労働した分が、100%生かされていない。これがどれだけ恐ろしいことか。

 

 

社会貢献とはなにか

 

つい最近、「社会貢献ってなんだろう?」ということを考えていた。

「単純に社会に対して何らかの価値を生み出すことだ」という意見もあれば、”教育” ”勤労” 税”という国民としての義務を果たすのが社会貢献だという人もいる。

なかには、「皆我慢して労働しているのだから、国民全員が自我を押し殺して生産活動をすべきだ」という意見まである。これに関しては、違うなぁ・・・と思うのだけれど。

 

社会の相互扶助とは「それぞれ自分の出来ることで社会に貢献することじゃないかな?」と考えている。

こうやって旅を続けている間にも、世の中の人達は生産活動を続けている。対して自分は、特に生産活動を行っていない。厳密にはこうやってコンテンツを作り続けているので、完全に生産活動を行っていないわけではないのだが。

人にはそれぞれ向き不向きがあって、一生同じ会社で働ける人間もいれば、自分のように飽き性で色んな場所を渡りたいという人間もいる。全く同じ方向に向けさせるよりは向き不向きを尊重したほうが生産性が向上するので、それぞれで役目を果たすことが一番良いのではないかと考えている。

 

その中で、お金を出来るだけ使用しない、またはお金を一切使わない人間がいてもいい。多用なライフスタイルを送る人が増えるということは、それだけ社会の強度が増すということ。

新しいライフスタイルを提案する人が居てもいいし、仕事をしない人がいてもいい。そういう人間がいるからこそ、多用な意見が繁栄されてもっともっと便利な世の中になってゆく。

むしろニートは可能性のカタマリだと思っているので、正当化しているみたいで恐縮なのだが、もっと増えてもいいのになと思っている。

 

参考記事:ニートになると社会から一歩引いて物事を考えられる様になるよ!どうすれば生きられるかを考える。

 

ナスカの地上絵というものがあるが、あれは上空から見ると鳥瞰できて絵の全体を見ることができる。

一方で地上に降りると、とたんに絵が見えなくなってしまう。

ニートの何がいいって、労働や生活に関して鳥瞰出来ることだ。当事者である労働者には、よほどの想像力や冷静さがないと全体を把握することができない。一度生活を見つめなおすために、ニートになるという選択肢は本当にありだと思っています。

 

 

おわりに

 

以上、今実験している「お金を出来るだけ使わずに生活する」実験の目的と、今の感情やら自分が目指しているものについてつらつら語ってみました。めっちゃ脱線したけど。

お金を使わずに生活したことがないので、ハッキリ言って非常に怖い。頭では幻想だと理解しつつも、やっぱりお金がないと生きるのは難しいよなと思ってしまう。

それでも、お金のいらない生活を実現させたらすごい楽しいだろうし、何か新しいものが待っている気がする。好奇心のほうが勝るからやっているけど、やっぱ怖いよねw

さて、これからもこの実験は続けていきます。引き続きよろしくお願いします!

 

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