ニートになると社会から一歩引いて物事を考えられる様になるよ!どうすれば生きられるかを考える。

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ニートは悪?いやいや、案外悪いもんじゃないですよ。

むしろ、今までより生きるために考えるようになります。

 

社会から一歩引いて物事を考える

 

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現在自転車で日本一周しているので、職業分類上は”無職”となる。

親元で生活するのでない限り「どう生きるか」を頭をひねって考えねばならない。

 

なんたって、お金もなければ肩書きもない。

にも関わらず、空気の読めない体はエネルギーを要求する。お金がないというのに!

食べるために、「今手元にある金銭で生きるのはどうすればいいか」を徹底的に考える。

 

昨日は「サバイバル生活」をするため北海道のキャンプ場で過ごしていた。

出来る限り食料を現地調達したかったので、釣りや採取をして食べ物を手に入れた。

そのときに思ったこと。

 

 

「生きるために働く」「食べるために働く」という価値観が一般的になっている。

いや、ちょっと待って下さい。なんのために働くの?お金のため?

そもそも、それだけ汗水垂らしてお金を稼ぐ必要はあるの?そうじゃないと生存できないの?  

 

 

そもそもなぜお金って生まれたんでしたっけ。

諸説あるが、人と人とが交易する際、より便利に行うためだったよね。

特に農耕民族・狩猟民族等、それぞれ得意なことが異なる民族間での交易時、役立った。

野菜を育てること・動物を狩猟することに特化してるから、お互い交易したほうがいいね。

 

物をそのまま交易すると、タイミングの問題や保存の問題が出てくる。

そこで出てきたのが金銭。今では金銭の利用は当たり前となっている。

当初生きるためには①自分で採取・狩猟する②人と交易する、この2つの選択肢があった。

 

「食べるため」「生きるため」に就職するという価値観が一般的になっているけど、

本当にそれでいいの?もしかしたら、他に選択肢があるかもしれない。

食べるために働くのなら、自分で食料を獲得するのも一緒じゃないの?

 

今まで考えたこともなかったけど、ニートになった結果疑問に思い始めた。

 

 

とりあえず自分でやってみる

 

日本一周中は極力出費を抑えるため、本来機械に頼るところを自分でやっている。

例えば、洗濯。今では、洗濯は洗濯機でやってしまうことが当たり前になっているけど。

でもちょっと待ってほしい。本当に洗濯機は必要なの?

 

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自分の洗濯物を手洗い中。必要な費用は洗剤と保冷袋だけ。

 

もし洗濯機を使うために働いているのなら、自身で洗濯をするのも同じこと。

時間の使い方が変わっただけであって、やっていることは変わらない。

とすれば、どちらか選ぶことができるようになる。

 

問題なのは、誰もが「洗濯をするためには働かないといけない」と思っていること。

 

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乾燥中。しばらく置いておけば、勝手に乾きます。

 

最終的に、やはり洗濯機は便利なものだし、できれば欲しいという結論に至った。

重要なのは、「自分はこの選択肢を選んだ」ことに気づくことだと思っている。

必ずしも全てにお金が必要だという思考停止をやめること。疑ってみること。

 

生きるためにお金が必要なのではなく、便利だから・選択肢を増やすためにお金が生まれた。

時代が変化する過程で、当初の目的を忘れてしまう。盲目的になってしまう。

それをもう一度疑ってみること、他の選択肢がないか考えてみること。

 

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今日の晩御飯。ニラ玉のつもり・・・普通に美味しかった。

ニラも、卵も全て貰い物。旅をしているだけで、食べ物を貰える。

ちなみにニラは、先日おばあちゃんの畑を手伝った際に貰ったもの。

 

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この旅の目的の1つに、”余剰作物の利用”がある。

それも、個人農家の余剰作物。家庭で農園をやるケースって多いのだけど、

大抵は全ての野菜を利用できずに捨ててしまう。

 

ならば、畑の手伝いをするかわりに直接食料を貰えばいい。

ほら、これでまた必要なお金の量が減った。

要するに、生きるためだけなら多様な手段があるということ。

 

最終的にただ働くことになっても、

「自分は生きるために(労働という)1つの手段を選んだ」ことを自覚しておきたい。

働くことに固執せず、一度ニートになって生きる手段を考えるのもいいと思いました。

 

では。

 

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