「サドベリースクール」とは?僕は、授業・時間割・テストがない学校に通ってました。

 

授業も時間割もテストもないーーー代わりに、自分の好きなことを自由に学んでいく環境と権利がある学校、「サドベリースクール」。

日本では全く馴染みがない教育方法だと思います。

この文章だけ見ると、「自由奔放で無責任な学校なのか?」と思われる方もいるかもしれません。ぼくは公立の小学校へは通わず、そんな学校に通っていたんですよ。

さて、今日は久しぶりのその学校の紹介をしたいと思います。主にみなさんが知っている「学校像」とは違った場所なので、面白いですよ!

 

 

授業・時間割・テストがない

 

「授業・時間割・テストなし」。まず普通の学校的価値観からすれば、この時点で「なんやねんそれ、ほんまに学校なん!?」となってしまいそうです。(笑)

まぁ、ほとんどの学校が授業も、時間割も、テストもありますからね。

 

この学校には、「授業」がありません。したがって、大人が子どもに対して「これを学びなさい」と発言することもありません。

この学校には、「時間割」がありません。時間ごとに「これをやりなさい」ということが決まっていないために、開校時間を自由に使うことができます。

この学校には、「テスト」がありません。数値で子どものことを判断しないし、特定の指標をもとに子ども同士を競争させるということをしません。

 

 

これだけ見ると「ないない尽くし」ですが、何もかもないわけではありません。

これらがない代わりに、この学校には「子どもが自分の興味をもとに実現したいことを企画して、自分の力でお金を手にいれ実行する」環境と権利が揃っています。

また、自分たちで学校のスタッフを選び(!)、自分たちで学校のルールを作って自治し、そして大人も年上も年下も、全て対等に接します。

 

遊びを否定するのは、人類の発展を否定すること

 

簡単に「サドベリースクール」を説明したけど、じゃあ学校で具体的に何をやっていたの?という話ですね。

ぼくの場合はひたすら「釣り」をしつつ、他にも学校内で飲食物を売りさばく「コンビニプロジェクト」とか、関西周辺のいろんなプールに行ったりとか、ゲームに没頭したりとか、そのようなことをしておりました。

 

「いや、それってただ遊んでるだけやん!」と思うかもしれない。

「遊んでばっかりいて大丈夫なの?」とか、実際に何回も言われていたような記憶があります。でも、逆に質問させてください。「遊んでなくて、この先大丈夫なの?」と。

「遊ぶ」という行為は、ぼくたち人間にとっては最大限の創作活動だと思うんですよ。

 

何も考えずイヤイヤやる活動と違って、遊んでいるときって脳みそがフル回転しますよね。自分でも気づかないけれど、それは目の前のことに没頭しているから。「フロー状態」と呼ばれます。

例えば初めて自転車に乗る時でも、「どうすればより上手く乗れるか」を無意識のうちに考えて練習しますよね。

イヤイヤやらされているときは別だけど、「どうしてもこれに乗りたい!」と遊んでいる時って、ビックリするくらい学ぶ速度が早い。

 

 

サドベリースクールでは、

「子どもは自分に必要な力を自分で学ぶことが出来る」「子どもは学びたいと動機を持った時、一番良く学ぶ」

という理念をもとに運営されているんですが、それはまさにこの理論にあてはまります。

 

ぼくはそんな環境のもとでずっと遊んでいたし、これからも「真剣に遊びながら」生きていきます。「遊ぶ」だと軽い印象しかないので、この生命をかけて、全力で遊びきります。

これは持論ですが、遊ぶことを放棄した瞬間に、人類の発展が止まってしまう気がします。

遊びを否定するのは好奇心そのものを否定することにつながるし、好奇心は技術革新とか文化の発展に直結していますからね。

 

ここでいう「人類の発展」とは、短期的な利益で自然破壊を進める行為を指すのではなく、それらの解決も含めた「よりよい社会をつくるため」の発展を指します。

 

自分で考えて生きることは、辛いこと

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サドベリースクールでは、「ずっと遊んでいた」と書きました。

好きなことだけやっていれば、生きるのも楽なのでは?だって自分の心に従ってだけいればいいし、無理してあくせく働く必要もないし、無理して生きなくてもよくなる。

これもまた、散々質問された内容です。(笑)でもこれは、「自由に生きていない立場」からの意見です。

実際には、好きなことをやって生きて行くと常に自分に問いをしなければいけなくなるし、また「一生自分の頭で考え続けなければいけない」ということなんです。それって、とっても辛いこと。

 

まず、自分の好きなことをやっていくということは、つまりは自分で「行く道」を選択しなければいけないということです。

自分で選択をしていくと、「本当にこの選択肢で良かったのだろうか」とか、「自分は一体何が好きなのか」という問いを立てなければいけない瞬間が必ず来ます。

その時に、皆が進んでいる道に進もうか、それとも別の道に行こうか、なんてことを散々考え始めます。

みなが進んだ道にするのか。楽に進めそうだけど、でもちょっとしっくり来ないかもしれない。でも別の道に進むのも怖い。

 

本当のことを言えば、考えずに道を進んだほうが楽なんです。とりあえずよくわからないけど選択してしまえれば、それ以上いいことはないかもしれない。

それでも、社会に迎合して心を亡くしてしまうことを絶対によしとしない自分がいて、疑問を持った対象全てに「問い」を投げかけてしまうから、いちいち「では本当によいものは何か」を考えてしまう。

そんな自分を誇りに思う一方で、本当は何も考えずに進んだほうが楽なことは間違いないので、「本当にこれでいいのかなぁ」ということをまた考えていたりします。(笑)

 

時代は変化している

 

なかなか奇抜な学校かもしれませんが、ここ10年くらいで確実に需要が増えていることも、また事実です。

ぼくが学校に通っていた10年前ぐらいの時点では、主に「不登校」を理由に来られる方が大半でした。

サドベリーは不登校生のカウンセリングを行う学校ではないんですが、その問題の認知度が低かったためにに、居場所的なスペースが少なかったんですね。

今では不登校の子のためのスペースも増え、サドベリースクールでは代わりに「自然食品」とか、「オーガニック」に関心のある保護者が増えてきました。

時代の変化とともに、既存の体制に違和感を抱いて行動する保護者が多くなってきたんですね。

 

ずっと昔だったら考えられないようなことが、今では当たり前になりつつある。それは「サドベリースクール」しかり。

サドベリースクール以外でも様々な教育方法があって、そのような学校の数も年々増えつつあります。子育て系のメディアにも取り上げられたりして、昔に比べれば相当認知度も高まっていると思います。

必要だと思う人は、何らかのタイミングで情報が入ってきて、自分で判断しこのような学校を選択している。一度、「本当に今の学校に通う必要があるのか?」を考えてみてもいいかもしれない。

 

おわりに

さて、「サドベリースクール」に関する情報を断片的にお届けしましたが、この学校って特徴や体験したことを書いても上手く伝わらないことも多いんですよ。

このような学校に通った人間と、そうではない人とでは、価値観や使っている言葉が根本的に異なることがある。

もし「あ、なんか面白そう」と思ったかたは、ぜひ一度学校のホームページを覗いてみてください。さらには、一度見学もしてみてください。

最後に、参考になる情報も下記に貼り付けておくので、良かったみてみてくださいな。

 

それでは!

 

サドベリースクールに関するコンテンツ

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小・中学校にあえて通わずに9年間過ごした日々と、伝えたい3つのこと。

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