「他人に迷惑をかけてはいけない」は幻想で、人は迷惑をかけられたい生き物である。

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「他人に迷惑をかけてはいけない」という発想は、非常に怖い。

人は根本的に優しいものだし、もっと自分をさらけ出して生きればいい。

「人に迷惑をかけてはいけない」は幻想で、実は迷惑をかけられたい生き物。

 

迷惑は愛とも言い換えることができる

 

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photo by:Jeff Kubina

 

特に日本ではそうなのだけれど、「自力本願で生きてこそ一人前だ」みたいな文化がある。

どれだけトラブルがあっても、全て自分で解決すべし。人には頼るな。

人に迷惑をかけるやつはクソで、いかに自分1人で生きていけるかが重要だ。

 

これは非常に怖い発想だと思っている。

お年寄りと話をすると、皆口をそろえて「人に迷惑にかけることだけはダメだ」という。

ここ数十年の大企業の雇用形態は、企業におんぶに抱っこ状態なのだが・・・。

 

そもそも、我々が赤ん坊としておぎゃあと生まれるところを想像してほしい。

両親が必死に子作りをし、夜中でも起きて乳をやり、子のために必死に働く。

この段階で死んでも償いきれないほどの迷惑を両親にかけていると思うのだけど、いかがだろうか。

人間自体が、単独で生きられるようにプログラムされていない。

 

親としての義務ではあるが、義務ならどれだけ迷惑をかけてもいいのか。

誰もが生まれた時点で周囲に多大なる迷惑をかけているが、両親や周囲の人間は「生まれてきてくれてありがとう」と子に言う。子どもに対し、とてもよく接してくれる。

ここに、全ての本質が詰まってると思う。つまり人間は根本的に迷惑をかけられたい生き物だということ。迷惑という言葉は、愛とも言い換えることができるということ。

 

参考記事:「他人に迷惑をかけてはいけない」というのは大嘘で、どれだけ楽しく迷惑をかけられるかの勝負だ。

 

 

恩を潰すという行為

 

旅をしていると、それはもうたくさんの人が支援をしてくれる。

いきなり現金をくれる人もいるし、宿を提供してくれる人もいる。

彼らは善意で自分の身を切って、僕たちを応援してくれている。ここで「迷惑をかけられないから」と受け取ることを拒否すると、彼らの恩を潰してしまうことになる。

 

手を差し伸べてくれる人は、自ら迷惑をかけられにいっていることになる。

自分たちを全力で肯定してくれた上で、「迷惑をかけてもいいんだよ」「この世に迷惑をかけてはいけないことなんてないんだよ」と暗に伝えてくれている。

迷惑をかけてはいけないはずなのに、相手から手を差し伸べてくれる。この瞬間、「他人に迷惑をかけてはいけない」という発想が崩壊することになる。

 

人に頼らないことを紐解いていくと、人からの恩義を拒否するという方向へ行き着く。

恩義は、本来循環していくものだ。「恩送り」という言葉もある。

その恩を拒否するということは、恩送りがそこで停止してしまうことになる。本来は恩は回していくものであったはずなのに、自分が循環を停止させてしまう。

 

参考記事:【DPS-スミニャック】恩は返すものではなく「次の人にまわしていくもの」ー 自然の摂理は「等価交換」ではなく「循環」で成り立っている。

 

 

本当に困った時は、必ず誰かが手を差し伸べてくれる

 

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日本一周という旅を通して、こうも優しい人が多いのかと衝撃を受けた。

人に迷惑をかけてはいけないという発想は、信頼の欠如を意味する。

でも大丈夫。わざわざ1人で生きなくてもよいし、いざという時は誰かが助けてくれる。

 

参考記事:豪雨の中パンク修理して諦めかけていたら、女性に助けられて救われた話。

 

1人で生きていけるほど、人間は強くない。1人で生きられるようにプログラムされてない。

強がって生きなくてもいい。自分をさらけ出して生きればいい。

悪い人もいるが、見返りを求めず支援してくれる人がたくさんいる。

 

旅は本当に気づきが多い。これらの発想も全て旅で得た。

ぜひ、人が信頼できなくなったら旅に出てほしい。適度な警戒は必要だけど、手を差し伸べてくれる人が必ず現れる。世界はそれほど悪いものじゃないなと思える。

たくさんの人に助けてもらっているうち、人に対する考え方も拡張してゆく。

 

参考記事:初対面の人の家を泊まり歩くという稀有な体験。旅は「人に対する許容度」を拡張させる。

 

他人に迷惑をかけてはいけないというのは幻想で、1人では生きていけないのが人間。

だからこそ自ら人を信頼し、さらけ出す必要がある。

そのために旅は貴重な経験となる。行き詰まりを感じている人にはおすすめ。

 

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4 件のコメント

  • ボクはね やっぱり迷惑かけたらあかんと思ってる
    でもね なにが迷惑なんかやとも思う

    1週間前後はお風呂に入れず クサクサで ドロドロで おまけにでっかいザック抱えて 公共交通機関で移動してた頃
    あれは やっぱり 迷惑かけてたと思う

    でもね うち広いから どこでもテント立てて良いよ
    ふろはいってきな
    ニワトリ一羽 潰してくれたり
    いっぱい甘えさしてもらってきました

    みんな お返しできていません
    でもね 甘えさしてもらえるときは いっぱい甘えさしてもらったらいいと思う
    いつか が逆の立場になるときが来ると思う
    そんなとき 十分の一でも 百分の一でもいいから お返しできたらいいと思ってる
    いっぱい甘えさしてもらって 頂いた気持ち 次につなぐこと

    そんでええんやと思ってる

    • ボクさん

      そうなんですよね。例えどれだけの恩を貰っても、その人に全て返せるわけではありません。
      生きていく上で絶対誰かに迷惑をかけてしまう。極論ですが、法律を守った行動をしていても、それを良しとしない人がいる。それもその人から見れば、ある意味「迷惑」になってしまうのかもしれません。

      最初は「恩を貰っても返せないから・・・」と受け取ることを躊躇していたんですが、その人も恩を返してもらいたくてやってることじゃないだろうし、いつか誰かにその恩を返していけばいい。そう思ってからは、素直に「ありがとう」と言うようにしています。
      多分、そうやって世の中は上手く回ってるんだろうなぁ・・・と、未熟者ながらに思いました。

  • こんにちは、
    ここで挙げられている迷惑って、負担とか、面倒、手間
    だと思うんですよね。
    そういうことって、いわゆる「迷惑」に困ってる人、
    苦しんでる人にとっては、別のジャンルだな、
    って思う(私も含めて)んですよね。
    その点さえ除けば、全面的に、おっしゃる通りだな、
    と思います!
    ただしこれは、「迷惑」の話ではないな、と。

    迷惑という言葉は、本来もっともっと
    おそろしくデリケートに扱うべき言葉だと、
    確信しています。

    ここで貴方が述べられている
    貴方が「迷惑」だと思っているものを
    的確に表現できる名前があるといいんですけどねぇ。

    • ナポリさん、コメントありがとうございます!

      おっしゃる通り、別のジャンルに該当します。「迷惑をかけてはいけない」という世論が圧倒的に強いので、あえて語義をズラしたタイトルをつけているんですね〜。同じ意図を伝えられる言葉であれば、なんでもいいんですが。

      これは持論ですが、人が何か言語を発する・受ける以上、傷つく・傷つける覚悟をしなければいけないと思ってるんですね。
      特定の対象を誹謗中傷することは論外ですが、あるカテゴリに言及するだけで傷つく(言葉は悪いですが、過敏になりすぎて勝手に傷つく)こともあるかと思います。
      もし自分が貧乏で、それが強烈なコンプレックスになっていたとしたら、誰かが傷つける意図もないのに貧乏に対する発言をするだけで傷つく。もうこれは、特にあらゆる言葉が飛び交っているインターネット上では、どうしようもないことだと思うんですね。

      語り出すと長くなりすぎてしまいますね。笑
      この辺りの話は自分も興味があるので、また気が向いたら記事にしてみます!

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