ベトナム戦争の歴史がよくわかる!超参考になるおすすめ本・書籍まとめ

 

人生で初めてベトナムへ旅行に行くことになったんですが、せっかく渡航するなら現地の情報や歴史が知りたい!と書籍・映画を集めて情報収集することに。

ベトナムという国の歴史を知りたいなら、絶対欠かせないのが「ベトナム戦争」です。1960年前半から勃発した南北独立戦争で、現在の経済状況にも大きく影響しています。

戦争の歴史について掲載した本はいくつかありますが、全体の概要について記した本、著者の個人的な体験談を掲載している本など様々な種類があったので、一通り読んでみました!

  1. ベトナム戦争の歴史を簡単に振り返る
  2. ベトナム戦争で本当におすすめしたい書籍まとめ

今回は、簡単なベトナム戦争の歴史と「これからベトナム戦争についての知識を知りたい」という人が読んで損のないおすすめ書籍・資料をまとめてみました!

 

ベトナム戦争とは?歴史を簡単に振り返る

【1884年〜】フランス・日本による植民地化と独立戦争

 

ベトナム戦争とは、1961年(※)から1975年にかけて南北に分裂したベトナムで起きた戦争。共産陣営VS自由主義陣営の代理戦争、というイメージが強い人が多いと思います。

18世紀後半からフランスによって植民地統治をされていたものの、1939年に勃発した第二次世界大戦によりフランス本国へドイツ軍が進駐し、あえなく降伏。

それを見た日本軍がすかさずベトナムへ進駐し、第二次世界大戦終了まで日本軍による統治が始まります。過酷な統治で何万人もの餓死者が出たことは有名。

 

日本軍による統治から「抗日意識」が強まり、ベトナム戦争勃発の中心となった独立運動が始まる。1945年の日本軍敗戦・撤退によって一気に激化していきます。

独立を目指して北部ハノイでクーデターが起き、革命家のホーチミンによって「ベトナム独立宣言」がなされ、ついに「ベトナム民主共和国」が誕生します!

しかし植民地の再統治を図っていたフランスが独立を認めず、南ベトナムで傀儡政権を生み出し北ベトナム独立組織と戦争、「インドシナ戦争」が始まります。

両陣営ともに宣戦布告が行われていないため開戦日は存在しないものの、南ベトナムの解放組織「NLF」が活動を開始したのが1961年初頭だったため、開戦日を1961年1月1日とした『わかりやすいベトナム戦争』より引用しました。

 

【1949年〜】フランス軍がベトナムの再統治を目指したインドシナ戦争

 

インドシナ戦争がハノイで勃発したものの、フランスが再統治を図っていたとは考えていなかったため、独立を目指していた北ベトナム側の準備が足りず大きな損害を受けます。

中国国境付近まで一旦退き、徐々に共産化しつつあった中国側から援助を受けて準備を整え、数年後にはハノイだけでなく中部のダナン・フエまで進行できるように。

反撃を狙ったフランス軍はラオス国境近くに存在し、独立軍の重要補給ルートになっていた「ディエンビエンフー」へ基地を立てようと戦いを挑んだものの、戦略差が大きく敗退

 

2年続いたインドシナ戦争もフランス軍が降伏したことで、翌日にスイスにて有名な「ジュネーブ協定」に関する会議が始まり、合意を得ます。(※)

北ベトナムはホーチミンを首相とした社会主義政府、南ベトナムはアメリカが推したゴ・ジン・ジェム政権が誕生、アメリカによる莫大な経済援助が始まります。

しかしゴ政権が甘い汁を吸うために腐敗していき、一方で他勢力を抑えるために厳しい経済制裁を実施、ブチ切れた軍部がクーデターを起こすことでベトナム戦争が決定的なものとなってしまいます。

このとき、9カ国のうちベトナム(南ベトナム)とアメリカだけが調印を取り消す自体となり、泥沼のようなベトナム戦争へと発展していったと言われています。

 

【1961年〜】南北冷戦構造の代替戦争、共産主義VS自由主義

 

軍部によるクーデターから反政府圧力が高まり、一方の主役である「南ベトナム民族解放戦線(NLF)」が誕生。数年の活動後、国の統一を目指す共産側の北ベトナム軍に徐々に吸収。

ここに、「国家統一を目指す北ベトナム陣営と、反政府運動を行う南ベトナム解放戦線。共産陣営として背後から技術・戦闘支援を行うソ連と中国」の共産陣営。

もう一方は「傀儡政権の南ベトナム、アジアへの共産主義の波及を恐れて経済援助を行うアメリカ、韓国・タイ・フィリピン・インドネシア等の自由主義側の多国籍軍」という図式が誕生。

 

15年間に渡って行われたベトナム戦争の歴史を書きだすと終わらないのでやりませんが、共産陣営VS自由に陣営になったあとの流れも簡単に書いておきます。

戦争中、アメリカ軍は何度もB29など爆撃機によって行われた北爆(北ベトナムへの爆撃)、奥深いジャングルに隠れたゲリラをあぶり出すために行われた「枯葉剤散布」など凄惨の限りを尽くして攻撃。

ベトナム戦争中に投下された爆弾は日本列島に投下された核兵器の240倍もの量に匹敵するといい、枯葉剤散布は奇形児の誕生などで非常に有名になりました。

 

 

アメリカは15年間で1390億ドルもの莫大な支援を行ったものの、最後の最後まで権力闘争と腐敗に明け暮れた南ベトナム政府の無能によって敗北してしまいます。

徐々に民間人の虐殺などが明るみに出て自国民が反戦運動を行うようになり、戦争の途中でアメリカ軍は撤退。南ベトナムには数こそ多いものの戦闘力に欠ける自軍だけが残されてしまいました。

北ベトナム側はこの頃になると中国・ソ連から最新式兵器を多数援助されており、1975年に南ベトナムの首都・サイゴンを一瞬で包囲、北ベトナム悲願の「祖国統一」を果たしたのでした。

 

【1968年】アメリカ・多国籍軍による「ソンミ村虐殺事件」

 

ベトナム戦闘真っただ中の1968年3月16日、中心都市のダナン近くにある「ソンミ村」にて衝撃的な事件が発生します。それが民間人虐殺事件の「ソンミ村虐殺事件」です。

合計507人の無抵抗な民間人を一方的に殺害しておきながら、軍部は「ゲリラ勢力と交戦にあった」と報告しており、しばらく明るみに出ることはありませんでした。

しかし数年後に虐殺についてジャーナリストや新聞社が嗅ぎつけ、兵士の告発なども味方について世論に訴えかけ、アメリカでの大規模な反戦運動につながっていきます。

 

アメリカ国民からすれば、まさか自国の軍が母国の基盤を揺らがすレベルで莫大な経済・軍事支援を行っていたにも関わらず、このような虐殺事件を起こしていたことに相当衝撃を受けたようです。

ベトナム戦争中に発生した代表的な事件で、人によってはこれがキッカケで関心を持った人も多いかと。自分もそうでした。

しかし、後ほど紹介する書籍に書かれているとおり、「実はソンミ村事件は氷山の一角であり、実際には数十倍規模の虐殺」が行われていたのでした・・・。

 

ベトナム戦争の歴史を知るなら読んでおきたいおすすめ本

わかりやすいベトナム戦争―超大国を揺るがせた15年戦争の全貌

 

前提知識のない人がベトナム戦争の情報収集をするにあたって、最もとっつきやすいのが文庫本の「わかりやすいベトナム戦争」です!

共産側・自由主義側と片方の視点に偏ることなく戦争の推移が書かれていて、ページ数もそれほど多くないため、全体の流れや出来事を知るために最も役立ちました。

両軍の動員数、死者数、経済援助の量など質的なデータも多数取り上げられています。当記事の大半はこの書籍で得た知識をもとに書き上げています。

 

サイゴンのいちばん長い日

 

産経新聞社で働く著者は、ベトナム戦争終結直前の1975年3月18日、南政府軍が北政府軍に押しやられて「中部高原地帯を放棄」の速報を受け、突如サイゴン行きを命じられる。

サイゴン特派員として、4月30日の北政府軍統一までの様子を1日1日書かれていて、こちらまでドキドキしましたね。

陥落直前には主要な政治家は全てヘリで亡命し、逃げ遅れた市民が船員のいない外国船に群がって阿鼻叫喚の事態に!しかし街中で派手な戦闘はなく、数日後には元の生活に戻ってしまいます。

サイゴン陥落直前までの非常に短い期間だけを取り上げた書籍ですが、南政府軍と北政府軍・NLFに翻弄された地元民の様子やその強さがありありと伝わってきて良かったですね。

 

動くものはすべて殺せ――アメリカ兵はベトナムで何をしたか

 

1968年にアメリカ軍によって行われた民間人虐殺事件「ミライ村事件」を紹介しましたが、実は戦争中に同じような事件が数えきれないほど勃発していた・・・と衝撃的な主張をしている本。

当時、人員・武器ともに劣っていたNLFは民間人と紛れてゲリラ活動によってアメリカ軍に攻撃するようになっており、民間人との区別が難しい状態でした。

当惑したアメリカ軍は「動くものは全て殺せ」と指示を出し、老若男女問わず逃げ出した民間人を無差別に殺害・拷問・強姦するなど極悪非道の限りを尽くします。

 

キル数(ボディカウント)が成果として基地に掲示され、多く人を殺したものには休暇のバカンスが与えられるなど「手段の目的化」によって罪のない民間人すら無差別に殺害するように。

本書ではあまりに多くの虐殺事件が掲載されており、感覚が麻痺すると同時に生々しすぎる証言が多数掲載されていて、吐き気を催しました・・・。

結果、ベトナム戦争中に死亡した民間人は400万人超に上り、虐殺事件は数十年間軍部によって情報操作されていたようです。

 

▼特に印象に残った、ベトナム戦争中のエピソード(閲覧注意)

(中略)海兵隊はダナン市の西にあるアンチャック村にも入っていた。(中略)隊員たちは民間人に向かって大声で呼びかけ、家から引っ張り出した。そのあと、工兵たちが入って、待機壕をひとつひとつ破壊していった。(中略)村のなかを進んでいくうち、ランズボトムはほかより少し大きな壕を見つけた。

おもに女性と子どもたちからなる一団の人々が、なかでうずくまっていたり、入り口のところに固まっていたりした。「こわがっている者を何人か引っ張り出すことはできましたが、残った者はあまりにおびえていて、動こうとしませんでした」と、彼はのちに語っている。

上官たちと、前進してくる工兵たちに村人を追い出せとせっつかれ、ランズボトムはすすり泣く民間人にいらだちをぶつけた。(中略)やがてひとりの流人がそばへやってきた。ランズボトムは片言のベトナム語で話しかけてみたが、ちんぷんかんぷんのことを言ったようだ。老人がわからないと言うと、ランズボトムは彼を殴り倒した。老人は起き上がろうとしてランズボトムの脚をつかんだ。「わたしは右脚を上げて、ブーツを履いた足で・・・そのじいさんのむき出しの左の脇腹を蹴りつけました。あばらの真ん中あたりに命中しました」(中略)「だが今度は足を胸のなかに思い切り蹴り込みました。じいさんは倒れました。たぶん、死んだと思います」

ランズボトムは死体をずり上げて壕に放り込み、工兵たちに言った。「吹っ飛ばしてくれ。もううんざりだ」と。彼らは言われたとおりにした。その後、ランズボトムはなかをのぞいてみた。彼の言葉を借りれば、「ばかでかいビーフシチューパイみたいなありさま」だったという。

出典:動くものはすべて殺せ――アメリカ兵はベトナムで何をしたか(136-137p)

 

結局、ソンミ村事件は虐殺事件が新聞等に取り上げられ、やむなく公表すると同時に背後に潜む数十倍もの虐殺事件を隠蔽するために印象付けられたようです。

ベトナム戦争を学びたい全ての人におすすめできる本ではないものの、これ以上非人道的な戦争を繰り返さないためにも、読んで損はないと思います。

 

おわりに

というわけで、今回は近日中に初めてベトナムへ渡航するにあたって情報収集した「ベトナム戦争の歴史」について、簡単な紹介とおすすめ書籍を紹介してみました。

日本にも深く関わってくるし、東南アジア、取り分け本国のベトナム・共産主義国として協力したラオス・カンボジアにも大きな影響をもたらした戦争です。

これほど大規模の虐殺が行われたいたとは想像もしていませんでしたし、ベトナムへ行くことをキッカケに歴史を知ることができて、本当に良かったなと。

もし何かしらの形でベトナムと関わるなら、絶対に読んでおいて損はないのでぜひ手にとってみてください!実際にベトナムへ訪れた感想も後日まとめたいと思います。

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